治せないがんがある
最新の発表によると、全がんの5年生存率は68.6%となり(国立がんセンター2020)、がんは治せない病気ではなくなったというのが一般的な印象です。しかし、医学が著しく進歩した現代においても、未だに治せないがんがあるという事実はほとんど知られておりません。私も自分が肝内胆管がんと診断されるまで全く知りませんでした。胆道がん(胆管がん、胆のうがん)は膵臓がんと並び、未だに治せないがんの筆頭格です。
胆道がんは法的に希少がん(国立がんセンターの定義では、「新規に診断される症例の数が10万人あたり年間6例未満のがん」)に分類されていないものの(米国では希少がんに指定)、年間罹患者数24,000人(13位)とかなり稀な病気で、年間死亡者数は18,000人とがん死亡原因の6位です(国立がんセンター2020)。相対的に希少で、かつ死亡率が高いにも関わらず、これまでほとんど注目されてきませんでした。
予後不良の原因は、いうまでもなく、有効な治療法が確立されていないことです。唯一根治が期待できるのが外科治療ですが発見が難しく、進行した状態で発見されることが多いといわれています。抗がん剤は、実質的に3種類しかなく(ジェムザール、シスプラチン、S-1)*、その治癒の有効性は確認されておりません。そのため、手術をした場合でも再発を抑える薬がなく、5年生存率は25.6%と、全がんからみても飛びぬけて低いことがわかります。施設によっては3年生存率0%ともいわれます。これに対し、例えば、乳がんの治療薬は30種類**もあり、その5年生存率は91.0%と高いものです。
このような治療ギャップのある状況で、胆道がんのような難治性がんをも「がん」と一括りに語るのは、治療の選択肢・有効性・予後の実態に全く合致していないと言わざるを得ません。国の「がん対策推進基本計画(平成30年度)」に示されているように、難治性がんの実態に即した研究体制の強化、国のバックアップを強く望みます。また同計画では、患者団体との連携が謳われておりますが、それが実のあるものになることを願います。
新薬こそが患者の希望
私は4年前、肝内胆管がんステージ4と診断され、突然命を脅かされる生活に一変しました。幸い大変な難手術を受けることができたものの、術後すぐ肝転移があり、3年3か月間に及ぶ術後補助化学療法(ジェムザール、シスプラチン)が奏功するという極めて稀な幸運に恵まれ、4年が経過しました。しかしこの先は全く不透明です。「より多くの治療選択肢を、有効な薬を」というのは、私を含め胆道がん患者皆さんの切実な願いです。
その願いを結集して、「胆道がんを治せるがんに!」のスローガンのもと、新薬開発の研究支援を第一の目的として、患者会「胆道がんの会(デイジーの会)」を2020年7月に発足させました。医療者、患者・家族、製薬企業という全てのステークホルダーが、力を合わせて「ワンコミュニティー」でその同じ目的に向かっていくことをめざし、新薬開発の研究支援のための小さな一歩を重ねていきたいと思います。日本と異なり、ボランティア、寄付、チャリティーの文化が社会に深く根付いている米国では、草の根で始まった患者団体が研究資金の調達から分配まで力を持ち、医療者・患者・業界の一大コミュニティーを確立し、患者側が研究支援に積極的に関与しておりますが、日本では患者会が非常に脆弱という背景があります。その現状変革へのささやかな挑戦でもあります。
患者支援の強化も
研究支援面のみならず、患者支援面での脆弱さも課題だと感じます。この4カ月足らずの期間ですが、会の患者さんと話す機会が何度かあり、患者会として何ができるのかを探る日々です。手術をされた方は実際10%以下。共通するのは、既述のように有効な治療法がないことです。抗がん剤が効かない、今の治療が限界にきたら次がない、手術後の再発を抑える薬がないという極めて深刻な状況です。まずできることとして、それぞれの方の問題に応じて、情報提供、専門家などの相談先紹介、臨床試験の調査・情報提供、先生をお招きしたセミナーの開催などを行っております。
また、次の治療法がない患者さんにとっては臨床試験も重要ですが、その情報を探すのは困難で、民間の医療サービス企業にお願いしている状況です。国立がんセンターなどの情報サイトなどはあるものの、患者フレンドリーで分かりやすい、一元的な臨床試験情報システムが必要と考えます。
苦悩を共に、祈り
そのような現実的な対応をしつつ、会の運営に苦慮しつつ、有効な治療法のないこの病と闘う深い苦悩を共にするところに、患者会の根本的な意義があるのかと自問しております。たった数回のメールでも、それぞれの方が素晴らしいキャリアがあったり、幸せな家庭を築かれていたり、婚約者と新しい生活を始めたり、定年後のプランを実現する矢先だったり・・・メールの数行に凝縮された言葉から、懸命に生きて来られたそれぞれの方の歴史を垣間見る思いです。実際お会いしたことはないものの、絶対に治してほしいと、祈らずにはいられません。
人間の絆とは、究極的には「祈り」なのかもしれないと思います。それは、何か外的超越的な力への祈りではなく、人間の中にある潜在力、底力のようなもの―自身の可能性、他者の可能性―への祈りではないでしょうか。その祈りは、この難治ながんに立ち向かって下さる先生方の苦悩と祈りにも支えられている、そのような深い見えざる絆を感じ感謝をしております。
そうした全ての祈りが、製薬会社・研究者の方々の情熱と努力を得て、新たな治療法という形で結実することを、一日も早く、ひとつでも多くの新薬が開発されることを、胆道がんが治せるがんになることを、心から祈ります。
胆道がんの会(デイジーの会)Webサイト:https://tandougandaisy.jimdofree.com
がん罹患数予測数(国立がんセンター2020)
全がん | 1,012,000 |
1.大腸 | 158,500 |
2.胃 | 135,100 |
3.肺 | 130,000 |
4.前立腺 | 95,600 |
5.乳房 | 92,900 |
6.膵臓 | 42,700 |
7.肝臓 | 41,300 |
8.悪性リンパ腫 | 35,700 |
9.腎・尿路 | 30,500 |
10.子宮 | 28,200 |
11.食道 | 26,300 |
12.皮膚 | 25,100 |
13.膀胱 | 24,300 |
14.胆嚢・胆管 | 24,000 |
がん死亡数予測数(国立がんセンター2020)
全がん | 379,400 |
1.肺 | 75,600 |
2.大腸 | 54,000 |
3.胃 | 43,500 |
4.膵臓 | 36,700 |
5.肝臓 | 24,900 |
6.胆嚢・胆管 | 18,400 |
*ジェムザール(一般名ゲムシタビン)、シスプラチン(商品名ブリプラチン/ランダ)、TS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)の3種類 。これらの他に古くからあるアドリアシン、UFT、キロサイドも保険適用されているが、効果が期待できないことからほとんど使われていない。
**60種類ともいわれるが、ここでは診療ガイドラインで示されている薬剤数を表示。
2020年12月21日掲載