轟 浩美
スキルス胃がん患者家族会「認定NPO法人希望の会」理事長

イノベーションを生み出すもの

【患者会設立の原点】

 国民のふたりにひとりが生涯の中で「がん」に罹患すると言われていても実感がありませんでした。自分事になった時、私は狼狽し、情報に溺れてしまいました。創薬、臨床試験、医療制度のことを理解していなかったために、情報の見極め方がわからなかったのです。自分にとって「優しい」「易しい」情報を信じてしまいました。この経験が、今の患者会活動の原点になっています。

【医療者と患者の協働】

 厳しい状況を受け入れるのは容易いことではありませんが、何が起きているのかわからないまま過ごす日々は耐え難い孤独です。知る機会の大切さを感じ、希望の会設立当初から、医療者と連携しての情報発信を活動の柱としてきました。2016年には、国立がん研究センター、日本胃癌学会の医療者の監修を得て、スキルス胃がんの情報冊子を発行しました。2019年には全国胃がんキャラバン、2020年は、日本胃癌学会と共に『動画で学ぶ胃がんのすべて』を作成、公開へと繋がっています。科学、医療には不確実性があるが故に、患者と医療者が、今利用できる最善のエビデンスを共有して一緒に治療方針を決定していく「Shared decision making」-共有意思決定が納得の日々に繋がると思っています。そのためには『対話』につながる共通言語が必要であると考えます。実際には、多くの知識を持つ専門家と、一般の人には情報の非対称性が存在しています。協働を通じて、医療者からは、患者、家族の疑問、不安を知ることが日常の臨床への力になっているという声をいただいています。患者家族の方々からは「標準治療という意味がわかった」「主治医ともっと話してみよう」という声が届きます。イノベーションに繋がる一歩であることを感じています。

【医療制度】

 近年、命に繋がる治療法がみつかっていますが、大変に薬価が高いものが増えているとも感じます。その治療が患者に届くことを支えているのは、高額療養費制度です。この制度の発端は患者の声です。希望の会設立の頃、日本版コンパッショネートユースへの取り組みが始まりました。患者申出療養制度です。未承認薬などをいち早く使いたい。対象外になっているけれど治験を受けたい。その想いに応えるために作られた制度です。現在、がん治療はパラダイムシフトを迎えています。遺伝子パネル検査により、臓器横断的に治療へ結びつく可能性に、難治性がんの立場から期待を寄せています。しかしながら、遺伝子変異が判明しても、適応する治療薬、参加できる治験が必ずしもあるわけではなく、ここを進める一つの方法として患者申出療養制度が利用されています。患者申出療養制度は、将来の保険収載を視野に入れるものでもあり、制度も医療のイノベーションに大きな役割を持っていると考えます。

【政策提言】

 がんに罹患したことを公にすることが珍しかった2006年、山本孝史議員が参議院本会議において自身ががんに罹患していることを公表し、込めた想いが、がん対策基本法の制定に結びつきました。がん対策基本法により、進歩、改善されたことが数多くあることを実感しています。しかし、難治性がん、希少がん、小児がんは、未だ、アンメットメディカルニーズが高い状況にあります。希望の会を設立した2015年。がん対策基本法設立から10年を迎え、改正案が検討されていました。難治性がん、希少がん、小児がんへの対策強化を明言することを願い、多くの患者団体が声を届けました。胃がんのサブタイプであるスキルス胃がんが、第3期がん対策推進基本計画の中に難治性の代表として膵がんと併記されたことは、患者市民の声が届いた証であると思っています。現在、遺伝子パネル検査により、今まで治療が届かなかった命への新しい治療に繋げようという取り組みが進んでいます。スキルス胃がんにはAdolescent and young adult (AYA世代)と称される15歳から39歳までの罹患者が多くいます。遺伝性がんの3大特徴としての若年発症、同一臓器・多臓器、家族集積性がみられる事例もあり、早期発見、治療に繋がる解析が、もしかしたら患者だけの問題ではなくなる可能性への重みも感じています。胃がんは、ストレス、生活習慣が原因であるとのイメージから、患者家族が抱く精神的な悲しみがあります。命に繋がる治療への解明が、社会の偏見に繋がらないように、国民が科学の進歩を正確に理解するための情報発信と、「遺伝子情報の取り扱い」「偏見、差別を防ぐ」法律の必要を感じています。科学の進歩を守るには政策も大きな力です。

【科学を進めるイノベーション】

今、日本でもP PI(患者市民参画)が進められようとしています。今まで、患者の声が医療、制度、政策に繋がってきたように、医療のエンドユーザーだからこその患者、市民の力が、さらなるイノベーションに繋がると考えます。この団体の活動に心から期待しております。

2020年12月24日掲載