辻 邦夫
一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会 常務理事

お互いが支えあえる社会のために
-難病患者を取り巻く課題―

一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会(JPA)では、難病・長期慢性疾患の患者会や都道府県の難病連等約100の団体からなる全国組織で、「人間の尊厳がなによりも大切にされる社会の実現」をスローガンに活動しています。

安倍内閣の退陣と難病

さて、ちょうど1年ほど前、元首相の安倍晋三氏が潰瘍性大腸炎の悪化・再燃により首相を辞任されました。同じ難病を抱える者として大変残念に感じたことを覚えています。安倍氏の首相辞任や昨年来のコロナ禍により、難病等の患者をめぐる課題や問題がいくつも提示されたように思います。

実は昨年、首相の辞任の報道を見ていて、少し気になる点がありました。潰瘍性大腸炎は、指定難病の中でも最も患者数の多い疾患の一つですが、国民のほとんどは、あまり聞いたことのない病名ではないのか?がんなどと違って難病は、自分は一生かかることのない縁遠いもの、と思っている方が大半なのではないでしょうか。
しかし、難病はその確率は低いものの、国民のだれもが発症する可能性があることは紛れもない事実です。難病法に基づく厚労大臣の基本方針では、その第1の(1)のア、いわば一丁目一番地において、「難病は、一定の割合で発症することが避けられず、その確率は低いものの、国民の誰もが発症する可能性があり、難病の患者及びその家族を社会が包含し、支援していくことがふさわしいとの認識を基本として、広く国民の理解を得ながら難病対策を推進することが必要である」と述べています。
難病をめぐる課題や問題は、難病患者だけの問題ではなく、国民全体の問題と位置付け、広く国民に知ってもらう必要があると思います。

患者から見た難病医療の現状

さて患者側に話を移しましょう。私たちの願いは、病気が「完治する」ことです。難病法の基本理念は「難病の克服」であり、現在の医療で完治が無理なら、せめて病気の「重症化を防ぐ」あるいは「重症化を遅らせる」ことが、私たちの願いです。遺伝子治療や再生医療などの進展で、それらの夢は近づいているように感じますが、医療と福祉の両面で、難病等の患者をめぐる環境は未だ様々な問題を抱えたままです。

例えば私たち難病患者に関係の深い薬の制度では、新薬創出加算などにより、海外とのドラッグラグの解消などには一定の効果ももたらしつつあるように思います。しかし一方、新薬の開発には何年もかかり、外国で認可された治療薬には何千万円、あるいは億単位の薬が出てきています。そして薬に限らずさまざまな領域で、医療に関する課題は数限りなくあります。 多くの難病患者は、同じ疾患でも重症度合いや障害の現れ方、薬の効き方などに実に大きな個人差があることに気づきます。その治療は、一人一人の患者にあわせたオーダーメイド。難病患者は、受け身ではなく、自分の病気と体調をよく把握し、医療関係者と手探りの協働作業で治療を考えなければいけないという環境下に常におかれます。
私たちは、いっときたりとも医療なしでは今の生活は維持できない、生きていけない者として、上記のような環境にあることを逆に活かし、様々な医療の課題について、当事者として主体的に考えなければいけないのではないでしょうか。

働く難病患者

最後に福祉の観点から、特に気になっていることに触れたいと思います。多くの難病等の患者が、医療の発展により、治療や療養をしながら働くことができるようになりました。例えば難病を抱えながら国会議員をされている方は安倍元首相だけではありません。しかしその影で、病気のことを会社等に言えず、病気の進行や再発再燃を恐れながら仕事を続けている患者も多くいるのです。
コロナ禍の今、難病という基礎疾患を持ち、あるいは免疫抑制状態で、会社に自分の病気を伝えられず、テレワーク等の配慮もしてもらえず、健康な人と同様に通勤電車で通わざるを得ない患者が、今私は一番心配です。
自分の病気を隠すのは、難病への理解や福祉施策が乏しいため、話したところで会社の理解を得られず、逆に差別や経済的に不利な立場に追い込まれる可能性が高いためです。2013年8月の社会保障制度改革国民会議では、「難病対策については、相対的には他の福祉制度等に隠れて光が当たってこなかった印象は否めない。」とはっきり報告されています。法定雇用率をはじめ、難病等の患者には、福祉面で光の当たっていない部分がまだまだたくさんあります。そしてそれは当事者として声を上げなければ何も変わらないのです。

支えあえる社会のために

以上、昨年の安倍元首相の辞任やコロナ禍の中で見えてきた、難病等の患者をめぐる問題の一端を挙げました。国民皆保険制度を守り、お互いが支えあえる社会を維持するためにも、難病対策が国民全体の課題であることを広く知らしめる必要があります。また、患者も医療や福祉の恩恵を受けるだけではなく、当事者として問題意識を持ち、医療・福祉の課題解決に参画していくことが求められていると考えます。

2020年9月9日掲載
(2021年10月15日改訂)